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太田三郎の『武蔵野の草と人』から |
此処も「武蔵野の草と人と」から! ---------------------------------------- 「ほとんどくさにおゝわれつくした狐兎の道は、所々で丁字になり十字にな りしていて、撰んで辿ったそのひおつが、ふと気がつくともときた道へ向かっ ている様なこともあった。しかしまったく佳かった。 青金の洩れ日の太い線が、樹間に斜めに縞を織っていたり、何の花か真っ白 な小さい 灌木の花の塊り(ガマズミだろうか)が、強い匂いを発散していた り、一種の釣鐘草 (ホタルブクロか)の大きな青白い花がゆれていたりし て、鳥が鳴き、がま(ヒキガエル)は這い、そうして甲虫は樹皮の脂に集まっ ていた。 かなり長い赤松の林帯などもあって、一せいに一方に傾斜して叢立して直線 的の樹幹の明るい色が、高い梢頭のあたりに至って漸く見せる濃翠の色をより 鮮やかにしながらずっと連(な)ってをるのが、いかにもきびきびとした引き 締まった感じを与えた。」とあります。 |
此処も「武蔵野の草と人と」から! ---------------------------------------- 「馬の蹄の痕などを持った持った少し広い細径が南北に通じ、そうした下にある のを見て、試みに行ってみると、だらだら下ってゆくその下に隠見するすこしの草 屋根の下から、機織るおさの音が洩れてきたりした。繭をとった後の藁苞(わらつ と)を庭に積む男の姿がちらと見えたりもした。 さらにそうしたころから、斜にまへへと上ってゆくと、また山林の姿に戻って、 秋ならば落ち葉が雨のようであろうと思われる雑木の根の青薄の中を乾かぬ細い道 淋しく見え隠れした。 ふとその前方にあって、驚いて叢中に身を没した一匹の灰色の猫は、さらに私を また驚かせた。人家を離れたこうした場所で見る家畜、捨てられたのか迷ったのか、 兎に角また再びナチュレルなサウヴァ−ジュなその性に還って行こうとする形を思 うと、思わぬ興がそこの繋がれた。」とも書かれている。」と記されている。 |
此処もまた「武蔵野の草と人と」から!
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そう!作者はさらにこう綴っています。
「あるところでは、不意に人の話し声を聞いて驚いて注意すると、密林を透した
はるかの側面に、麦畑らしい黄色い色が覗かれて、切り開かれた傾斜面を思わせる
空がその向こうに明るかった。
あるところではまた、緑葉に囲まれた、半坪ばかりの空地に一つ二つの墓標が立
っていた。寺院のでも共同のでもないらしいわずかの地に据えられたその今風の形
の石塔は、本当に「墓」らしい気分を誘うものであった。
武蔵野の島嶼であるこの丘陵の緑陰のうちに終始する生(ヴぃ)が、やや誇大な
感傷を伴って一寸思われた。墓の台石におかれた白い茶碗に溜った雨水が、日の光
を鈍く反射しておるのも侘しいものであった。」と。
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2010年4月10日(土)には、利根運河公園と隣接の理窓自然公園の春を楽しんでき
ました。折から、オオシマザクラとソメイヨシノが満開で、すばらしいツア−となり
ました。
人の数もさほど多くはなく、とりわけ、東武野田線運河駅を離れるに従い、人の数
は減り、静かな眺めを堪能することができました。利根運河の堤には、南側の堤には
カントウタンポポが群れをなし、北側の堤には、ヒレアザミが群れをなしておりまし
た。
16号国道に近い、小公園では、白花のオオイヌノフグリに出会いました。素敵な、
すてきな「エコ・ツア−」でした。
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