風景画家波暮旅二、風景画と随想

スポンサード リンク

万引きしたするめ

万引きしたするめ   波暮 旅二(9)

戦後間もないまだ小学生のころのことである。当時は食糧難の時代で学校給食の制度もまだなく、子どもたちは飢えていた。弁当持たずに学校に行く貧しい家の子もいた。私もその中の一人だった。

学校帰りに空腹のあまり通りの商店からするめを一枚万引きしたときのことを思い出す。するめを隠して店を出て歩き始めると同時に、烈しい後悔におそわれた。自分が下劣な人間になってしまい、大人になってからも立派なことをいう資格をなくしてしまった気がしたのである。

空腹に負けて盗んだするめを食べたら、生涯にわたり自分の卑しい行為を後悔し、誇りをもった人間になれないかもしれない。盗んだことは取り返しがつかないが、盗んだものを食べるような卑しい行為はやめようと考えて、するめを草原に投げ捨てたのだった。

生涯に一度だけの万引き体験談である。

農村今昔   波暮 旅二(10)

昭和十四年頃から二十年まで、家庭の事情で生まれた北海道から遠く離れた栃木県の農村に家を借りて暮らしていた。僕が都会よりも農村が好きなのは、子供時代を過ごしたからだろう。

当時は春耕の頃になると、馬や牛が農夫と共に田を起こしたり、代掻きに泥まみれになって汗を流していた。

田植えの時期になると、農村はひときわにぎわ

いを増し、赤や黄など色とりどりの帯をしめ、たすきを掛けた若い娘の姿が田に並び苗を植え付けていた。

この娘たちのことを文人や歌人は「早乙女」とよんだ。実に清らかで美しい言葉である。現在では「若い女」はいても「早乙女」も「乙女」もいない。乙女の頃に早々と女になってしまう からである。

今の農村は機械化され、農夫が一人でトラクターを運転して、田起こしも、代掻きも、田植えも、稲刈りもやる。人と共に汗を流してくれた牛馬も早乙女もいらなくなったが、農村はすっかり寂れ、若者は消え、老人だけが暮らす場所になっている。(2009/01/20)

● スポンサ−ドリンク