さびれた一軒宿 波暮旅二(7)
取材旅行に道案内と運転をやらせてくれと言って、友人のT氏は津軽の岩木山のふもとに案内してくれた。彼の目的は案内の一日の終わりには歓楽街のある温泉宿に泊まり、芸者でもあげて騒ぎたかったらしい。だが私は騒ぐことが嫌いである。がやがやした温泉街に泊まる気はなく、ひっそりと山中にある一軒宿の温泉が好きだった。「すまないが静かな一軒宿へ案内してくれ」と頼み、T氏が行きたがった温泉街ではなく、人家など見当たらない山中の一軒宿に連れてってもらった。ひなびた宿の玄関先に入ると老爺が「いらっしゃいませ」と言って寒そうに出てきた。
宿泊客は私たち二人だけだった。案内された部屋に入ると間もなく、こんどは腰の曲がった老婆が鼻水をすすりながら茶を持てきた。華やかに芸者との宴を楽しみにしていたT氏は、あまりにも大きい現実との落差に肩を落とし、首をうなだれて落胆するのだった。(2009/01/14)
人間の器の違い 波暮旅二(8)
共に画家を志て、二十二歳のときに一緒に上京した親友がいた。ところが彼は上京して間もなく結婚してしまった。一緒に下宿していた私は寂しくて仕方がなかった。彼ら新婚夫婦はアパートの一室に世帯をもった。
私は友が新婚であることなどまるでかまわず二人は共稼ぎだったので夕方めがけてときどき訪ねて、あつかましく夕食をご馳走になった。ときには長居して夜もおそくなると友が「泊まっていけよ!」と言ってくれる。ガキのころからの親友だから少しも遠慮する気が起きないから「うん」と返事する。
六畳一間に布団を二枚敷いて、川の字に三人が並んで寝るのである。余分な布団がなかったからである。そんななかで私はときどき泊めてもらった。不思議だったのは、奥さんがけして嫌な顔を見せなかったことだ。
数年後に自力で奥さんは美容院を商店街のど真ん中で経営するようになり、さらに後年になると、商工会の会長の座についた。彼女は人間としての器の大きさが違っていた。亭主とその友達の一人や二人が自分の横で一緒に寝ていようが、大した問題ではなかったのであろう。(2009/01/14)
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