大神「オオカミ」 波暮 旅二(3)
16、7年前のことだが、茨城県の里美村に出掛けたことがあった。田舎道の土手の草やぶに埋もれている大きな石碑らしきものを発見した。碑文によると、昔、村人や家畜を襲う狼の群れを、旅の僧が念仏を唱えて 退治した、と記してあった。
昔、日本の各地にも狼がいて、人々はあまりの恐ろしさに、ただの獣とは思えず狼を「大神」として神格化したほどだった。
狼は群れて行動するのが普通だが、群れから離れて単独行動する狼もいた。これを「1匹狼」といって特に恐れられ、「大神」の代表格として崇められていた。
日本では狼が絶滅したいまでもサラリーマンのように組織に頼らず、実力と才能だけで生きる人を「1匹狼」と言って、その生き方を羨んだりしているようだ。
だが、「1匹狼」は常に牙を研ぎ、闘いに勝たなければならない。牙が欠けたらすべては終わりである。いずれにしても、生きていく道は厳しいのだ。
(2009/01/08)孤独 波暮 旅二(4)
人は生まれて、生きて、病んだり、老いたりして死んでいく。永遠に生きられないのが宿命である。死にたくないからといって、神仏や人の力を借りて死を避けることなどできないのである。常に死は独りで引き受け、独りで死ななければならない。友人や親兄弟、家族に恵まれていても、死の防波堤には誰もなれない。親兄弟の絆や、友人や仲間の厚い友情もまったく無力なのだ。死は確実に一人の人間をこの世から抹殺し、すべてを無に帰する。
人生の深い孤独感は、この生と死の狭間に立ちすくむ己を自覚したときにやってくるのではないか。
同じ宿命に生きる人間として、「孤独」は誰もが感じている普遍的な問題だろうと思う。私は画家として、自然の風物の姿を借り、誰もが共有する「孤独」の世界を表現したいと思っている。(2009/01/09)

茨城県里美村の「三古室碑」