私の家では、といっても私の子供の頃のことですが、僅かな小遣い銭のことを「ほまち」と言っていました。そのころ、父から聞かされた話に、祖母が「ほまち」で購入した田圃の話があります。
曾祖父や祖父がたばこの製造を手広く展開していた頃の事だそうですから、明治30年よりもっと前の事のようです。祖母は、作業場の葉たばこの切りくずを丹念に集め、それを売って「ほまち」を得て、やがて田を購入したのだそうです。
祖母が丹精して得た「ほまち」で買ったので、その田を「ほまち田」と呼んでいました。当時の私の家には、田畑はたくさんありましたから、買った田を仕事場で働いていた、縁戚の一人に与えたと言うことです。
(注)縁戚の一人は、村人のとる新聞を配っていた、S さんの母 親で、祖母にかわいがられ、祖母がその家に田の無いことを 心配して、「ほまち田」を与えたのだそうです。 戦後もS さんが大事に耕していました。
さて、この「ほまち」の語源が分からなかったのですが、「菜の花の沖」に、この「ほまち」の由来が説明されていました。
「ほまち」とは「帆待ち」、すなわち、「出帆待ち」のことで、出帆待ちの僅かな時間に船乗りが、積み荷を捌いて、小金を稼ぐ、ということが語源のようです。それで、僅かな身入り、あるいは小遣い銭の意味に使われていたのます。
しかし、海から遠い山奥の村の私の家で、なぜ、こういう言葉が使われていたのか、しかとは分かりません。不思議に思いました。(2008/12/20)