司馬遼太郎の「菜の花の沖」では、フィクションとノンフィクションが、相拮抗する形で、作品を構成されています。「菜の花の沖」(五)の、「ロシア事情」は、正続合わせて135ぺ−ジにもなり、下手なロシア史より、的確にロシアの近世史を描いており、ロマノフ王朝の成立からエカテリ−ナ2世の治世までを、極めて明快に紹介しています。このくだりは、ノンフィクション部分の精華と言えるように思います。
若い方で、大学の受験に世界史を受験科目に選ぶ方には、恰好なロシア史の参考書になるのではないかと思いました。また、教員採用試験や入社試験の準備にも、社会に出た人の常識の補強にも役立つものと思います。
ここでは、司馬遼太郎は、江戸時代の国内の動きとロシア史とを対比し、歴史認識をしやすくして、大黒屋光太夫や高田屋嘉兵衛の時代背景を明確に示しています。このあたりは、「菜の花の沖」のノンフィクション性がいかんなく発揮され、少しこの時代の研究書に目を通しておれば、興味を持って読み進むことができるし、司馬遼太郎の明快な解説が、興味を引くと思います。
また、アダム・ラクスマンが大黒屋光太夫を伴って来航し、通商を求めたのは寛政四年(1792)のことですが、翌年、光太夫は江戸城において、将軍徳川家斉出座のもと、漂流とロシアにおける見聞について諮問されました。
その際の筆記は、奥御医師で、蘭学に通じた桂川甫周ですが、この医師の残した、「北さ聞略」(さ:木へんに差)についても、その前後の様子が詳しく書かれています。小説としての面白さは言うまでもありませんが、それより、むしろ、このような歴史の史料、すなわち、ノンフィクションの面からも興趣深いものがあります。
この、「北さ聞略」は、つい先日まで、古い版本のコピ−を手元に置いて見ていたのですが、大掃除の際片づけてしまい、しまった先がわからなくなってしまいました、200ぺ−ジぐらいはあったと思います。
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